大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和63年(ラ)30号 決定 1988年7月07日

抗告人

阿部行男

右代理人弁護士

鹿又喜治

相手方

佐藤和恵

右代理人弁護士

沼波義郎

半澤力

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

1  本件抗告の理由は別紙「執行抗告理由書」写に記載のとおりである。

2  本件(基本事件たる競売事件)記録によると、本件不動産引渡命令にかかる不動産(仙台市中山四丁目一〇番四三宅地及び同上建物家屋番号一〇番四三)中建物について、申立外松崎周司が昭和五九年一二月一〇日当時の所有者である門伝昌義から、五〇〇万円の貸金債権の回収を目的として賃料を一か月六万円、期間を三年と定めて賃借し、その後昭和六〇年一月二〇日抗告人が松崎からこれを転借して居住し占有しているものであること(後昭和六二年一二月一一日期間満了で更新)、前記宅地・建物については昭和六〇年一月八日申立外株式会社大東相互銀行の仮差押えの登記(本件競売事件について昭和六二年八月一〇日債権届出ずみ)がなされ、次いで昭和六一年一〇月二三日(五二七号事件、昭和四八年七月六日、同四九年五月七日付根抵当権設定登記)、同年同月二五日(五三一号事件、昭和五五年九月三〇日付根抵当権設定登記)の抵当権の実行による各競売開始決定に基づく差押えの登記がなされたものであることがそれぞれ認められる。

前記事実関係によれば、抗告人の占有は、株式会社大東相互銀行の仮差押えの登記後に成立した契約に基づいて開始されたものであるところ、右(仮差押え)の執行の効力が執行手続上「差押え」の効力に準ずべきことに鑑みれば、その占有は「差押えの効力発生」前からの占有とは認められないうえ、抗告人は、債権担保の目的で賃借した松崎から更に転借した占有者に過ぎないから、売却不動産たる占有物件について引渡命令を受けるべき地位にあるものと認めるのが相当である。

したがつて、抗告人に対して、占有不動産の引渡を命じた原決定は正当であり、本件抗告は理由がなく棄却を免れない。

よつて本件抗告を棄却し、抗告費用の負担につき民事執行法二〇条、民事訴訟法九五条・八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

執行抗告理由書

1、民事執行法八三条一項によれば、「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者」は、引渡命令の相手方とはならないとされているが、同規定にいう「権原」は、競売の所有者との関係で、差押えの効力発生前から代金納付時まで継続して占有権原を有していたことで足り、それが買受人に対抗できるものであることまでは必要でないと解されている(原田・注釈民事執行法(4)二二〇頁、浦野・条解民事執行法三七八頁)。

2、一件記録によると、抗告人は、本件建物を、差押えの効力発生前から、申立外松崎周司との間の転貸借契約(申立外松崎の賃借権も抗告人の転借権もともに短期賃貸借である。)により適法に占有しており、差押え後に短期賃借権の存続期間が満了した者で、なお占有を継続している者ということができる。

すなわち、

① 本件建物は、申立外門伝昌義の所有であつたところ、昭和五九年一二月一〇日、申立外松崎周司が申立外門伝から、期間を昭和五九年一二月一五日から同六二年一二月一四日までの三年間、賃料を一ケ月金六万円と定め賃借した(松崎の審尋期日調書及び添付の賃貸借契約書、覚書)。

② そして、抗告人は、昭和六〇年一月二〇日本件建物を、申立外松崎から、期間を同六〇年一月二〇日から同六二年一二月一〇日まで、賃料を一ケ月金一〇万円と定め転借し、住居兼事務所として使用してきた(抗告人阿部の審尋期日調書及び添付の昭和六〇年一月二〇日付賃貸借契約書)。

③ 本件建物は、昭和六一年一〇月二三日、根抵当権者である仙台信用金庫の申立てにより競売開始決定がなされ、同日、差押えの登記がなされた。

④ その後の昭和六二年一二月一一日、抗告人は、申立外松崎との間で前記転貸借契約を、期間を同年一二月一一日から同六五年一二月一〇日までの三年間、賃料を一ケ月金一〇万円、と定め契約の更新をし、住所兼事務所として使用継続している(審尋期日調書添付の昭和六二年一二月一一日付賃貸借契約書)。

なお、申立外門伝と同松崎との前記賃貸借契約は、昭和六二年一二月一四日までに申立外門伝からの更新拒絶の通知がなかつたので、借家法二条により法定更新されている。

3、このような抗告人は、期間の更新をもつて本件買受人である相手方佐藤和恵に対する関係では対抗することができないが(最高裁昭和三八年八月二七日判決)、しかし、所有者である申立外門伝との関係では、転借権を主張しうる地位にあるのであるから、差押えの効力発生前から継続して占有権を有していた者として引渡命令の相手方にはならないと解すべきである。

けだし、抗告人の転借権の基礎となつている申立外松崎の賃借権は、申立外門伝から更新拒絶されていないので借家法二条により法定更新されたことになつているし、抗告人の転借権も、昭和六二年一二月一一日に契約により期間更新されているので、申立外門伝との関係では有効に存続しており、これをもつて「差押えの効力発生前から権原により占有している者」として引渡命令から保護されてしかるべきだからである(大阪高裁昭和五九年五月三一日決定・判例タイムズ五三二号一六〇頁、大阪高裁昭和五九年八月二二日決定・判例時報一一三五号五七ページ、原田・注釈民事執行法(4)二二〇頁など参照)。

なお、申立外松崎の賃借権は、松崎の門伝に対する貸金五〇〇万円を回収する目的であつたようであるが、それは、あくまでも、松崎自ら若しくは抗告人などが使用するものとして借りたのであるから、手続の引き伸ばしや不正な利益獲得の手段として短期賃貸借を利用したものというべきではなく、正当な権原にもとづく賃借権というべきである。

4、従つて、本件においては、抗告人に対しては本件引渡命令をなしえないのであり、原決定は取消されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例